王座戦 ─一念通天の先にー
2025年11月02日
第73期将棋王座戦の五番勝負第5局が28日に開催されました。

最終局の舞台は甲府・常磐ホテル。
2勝2敗で迎えた大一番で、藤井王座は3連覇に、そして伊藤叡王は自身初のタイトル二冠へ王手がかかる一戦。
同学年の若き才能同士の本気のぶつかり合いを制したのはどちらなのか——
最終局は振り駒が行われその結果、伊藤叡王が先手番となりました。
序盤は相掛かり、互いに飛車先を伸ばしつつ桂・銀をぶつけ合う定跡形から、少しずつ“踏み込みの気配”が漂い始める。序盤のお互いの指し手には大きな破綻なく、互いに形を崩さないまま静かに中盤へ。空気は張りつめているのに、盤上は静か。そんな均衡を、藤井王座が飛車を歩の裏に滑り込ませた△7六飛と、9筋をにらんだあたりから少しずつ攻め合いの輪郭が見えてきました。先手の伊藤叡王は▲7七桂と受けの桂で応じ、力で押し返すよりも“局面のテンポ”を取り返す手を選択。このあたりに、今日の伊藤叡王の勝負観がにじむ。
そして、たぶんこの対局の最大の転調点は52手目の藤井王座の△5七桂成だったと思います。
要所の5七に成桂をねじ込んで、▲同銀の飛車素抜き(△26飛)を見せつつ▲同金を強要する。金を前に出させれば、9筋で香を拾って2筋へ走らせる構想が立体化する。一方で後手は5筋の歩が切れ、先手の▲5四歩など急所反撃の芽も増える——メリットと副作用を秤にかけて、速度勝負に局面を押し上げた決断の一手だったのでしょう。しかし、そこまで悲観される局面では無かったし、まだ動くのは早かったのではないかと思いました。伊藤叡王はその藤井王座の先を読んだ意表の一着を逆手に取り、踏み込むべきところだけ踏み込んでいく。
△5四歩、△5三歩と藤井王座の玉頭に継続手を放つ。とても的確で合理的な手。
この手で藤井玉を居玉に押し戻した事でゆっくりと飛車を捕獲していく。緩急自在は藤井王座の十八番ですが、本局に限っては伊藤叡王にその分があると思います。
終盤の伊藤叡王は、受け過ぎず、攻め急がず。こちらが手を伸ばせば引き、間合いが詰まれば踏み込む——そんな呼吸が続く。打ち込みのタイミングと玉のかわし方が噛み合い、藤井王座の包囲はあと一押しで届きそうで届かない。形勢をこじ開ける派手な一着より、最後まで“速度の管理”を崩さなかったことが伊藤叡王の勝因に見える。詰みが見えた△6一金のただ捨ての手を見て、藤井王座は「負けました」と静かに声にし頭を垂れた。

結果は97手で伊藤叡王の勝ち。王座を奪取し叡王と合わせて二冠に。重圧のかかる最終局で、リスク管理と寄せの精度を両立させた内容は、彼の将棋観そのものが結実した一局だったと思いました。
翌朝、二冠になったインタビューを受ける伊藤新王座の表情に派手さはありませんでした。
安堵の表情とまだまだ先を見据える表情のように感じました。それはタイトルホルダーとしての成熟を物語っているようで、とても印象的でした。

勝負術は一局で身につくものではなく、今期の五番勝負を通じて磨かれた“間合いの感覚”が、この日の97手に編み込まれていたのだと思う。大会公式も「伊藤叡王が97手で勝ち、3勝2敗で奪取、自身初の王座で二冠」と簡潔に記してはいますが、最終盤まで、二人は自分の将棋を手放さなかったと思います。藤井王座はわずかな“細い道”を最後まで探し続け、伊藤叡王は危険を最小にとどめながら一手先を確かに重ねた。その積み重ねが97手で実を結び、伊藤叡王は王座を得て二冠に到達する。たった一局で決したわけではない。第1局からの微差の積み上げが、ここで初めて形になったのだ。終局後の盤上には、読みの密度と勝負術の選択が層のように残っている。重ねてきた五番勝負の時間にふさわしい結末だったし、今後幾多の名勝負を生み出していくであろうこの2人、ここからまたお互いの目指す道が始まる——そんな余韻を残す最終局でした。
《タカダ》

最終局の舞台は甲府・常磐ホテル。
2勝2敗で迎えた大一番で、藤井王座は3連覇に、そして伊藤叡王は自身初のタイトル二冠へ王手がかかる一戦。
同学年の若き才能同士の本気のぶつかり合いを制したのはどちらなのか——
最終局は振り駒が行われその結果、伊藤叡王が先手番となりました。
序盤は相掛かり、互いに飛車先を伸ばしつつ桂・銀をぶつけ合う定跡形から、少しずつ“踏み込みの気配”が漂い始める。序盤のお互いの指し手には大きな破綻なく、互いに形を崩さないまま静かに中盤へ。空気は張りつめているのに、盤上は静か。そんな均衡を、藤井王座が飛車を歩の裏に滑り込ませた△7六飛と、9筋をにらんだあたりから少しずつ攻め合いの輪郭が見えてきました。先手の伊藤叡王は▲7七桂と受けの桂で応じ、力で押し返すよりも“局面のテンポ”を取り返す手を選択。このあたりに、今日の伊藤叡王の勝負観がにじむ。
そして、たぶんこの対局の最大の転調点は52手目の藤井王座の△5七桂成だったと思います。
要所の5七に成桂をねじ込んで、▲同銀の飛車素抜き(△26飛)を見せつつ▲同金を強要する。金を前に出させれば、9筋で香を拾って2筋へ走らせる構想が立体化する。一方で後手は5筋の歩が切れ、先手の▲5四歩など急所反撃の芽も増える——メリットと副作用を秤にかけて、速度勝負に局面を押し上げた決断の一手だったのでしょう。しかし、そこまで悲観される局面では無かったし、まだ動くのは早かったのではないかと思いました。伊藤叡王はその藤井王座の先を読んだ意表の一着を逆手に取り、踏み込むべきところだけ踏み込んでいく。
△5四歩、△5三歩と藤井王座の玉頭に継続手を放つ。とても的確で合理的な手。
この手で藤井玉を居玉に押し戻した事でゆっくりと飛車を捕獲していく。緩急自在は藤井王座の十八番ですが、本局に限っては伊藤叡王にその分があると思います。
終盤の伊藤叡王は、受け過ぎず、攻め急がず。こちらが手を伸ばせば引き、間合いが詰まれば踏み込む——そんな呼吸が続く。打ち込みのタイミングと玉のかわし方が噛み合い、藤井王座の包囲はあと一押しで届きそうで届かない。形勢をこじ開ける派手な一着より、最後まで“速度の管理”を崩さなかったことが伊藤叡王の勝因に見える。詰みが見えた△6一金のただ捨ての手を見て、藤井王座は「負けました」と静かに声にし頭を垂れた。

結果は97手で伊藤叡王の勝ち。王座を奪取し叡王と合わせて二冠に。重圧のかかる最終局で、リスク管理と寄せの精度を両立させた内容は、彼の将棋観そのものが結実した一局だったと思いました。
翌朝、二冠になったインタビューを受ける伊藤新王座の表情に派手さはありませんでした。
安堵の表情とまだまだ先を見据える表情のように感じました。それはタイトルホルダーとしての成熟を物語っているようで、とても印象的でした。

勝負術は一局で身につくものではなく、今期の五番勝負を通じて磨かれた“間合いの感覚”が、この日の97手に編み込まれていたのだと思う。大会公式も「伊藤叡王が97手で勝ち、3勝2敗で奪取、自身初の王座で二冠」と簡潔に記してはいますが、最終盤まで、二人は自分の将棋を手放さなかったと思います。藤井王座はわずかな“細い道”を最後まで探し続け、伊藤叡王は危険を最小にとどめながら一手先を確かに重ねた。その積み重ねが97手で実を結び、伊藤叡王は王座を得て二冠に到達する。たった一局で決したわけではない。第1局からの微差の積み上げが、ここで初めて形になったのだ。終局後の盤上には、読みの密度と勝負術の選択が層のように残っている。重ねてきた五番勝負の時間にふさわしい結末だったし、今後幾多の名勝負を生み出していくであろうこの2人、ここからまたお互いの目指す道が始まる——そんな余韻を残す最終局でした。
《タカダ》
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