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眼鏡の歴史 pt2

2020年05月01日

南千里店


外出自粛生活が日々続いており、

皆さま鬱々とお過ごしのことと存じますが、

この機会にお家の中で出来る楽しみを工夫をしましょう。

今が日本人のモラル遵守の一番大切な時期です!!

力合わせて乗り切りましょうね。



本来の私のブログは近畿一円の小旅行のお話が多いのですが、

流石に私と云えども今の時期はお出かけは自粛です。


先週も先々週も眼鏡の歴史についてのお話でしたので

今週もその流れに乗りまして、こんなお話を・・・






《 福井県はなぜ眼鏡の世界的な産地となったのか? 》

という、お話をさせて頂きます.





業界人は皆さま当然ご存知のお話なので、

このブログをお読み下さってる一般の方たちに向けてのお話です!!



いろんな文献から掻き集めて私なりにまとめてみましたので、

文脈が整っていない点はお許し下さいね。



福井県でメガネの製造を起業なさったのは《増永五左衛門 氏》です。




増永家は、旧足羽郡麻生津村生野(現在の福井市)の庄屋を

代々務める素封家だったようです。



1905年(明治38年)に鯖江市の議員を努めていた

増永五左衛門という人がメガネ作りを思い立ったそうです。


北陸地方は全国有数の豪雪地帯。冬の間は外出もままなりません!!

秋の収穫が終わった後の農閑期に、家の中で作業ができて

現金収入が得られる仕事が望まれていました。


どんな事が地場産業に相応しいかお考えになられたことと存じます。

増永五左衛門は最初は「羽二重」に着目したそうです。

2階建ての織物工場を建て織物業への進出を目指しましたが、

直後に「明治33年恐慌」が起こり、この計画は失敗に終わったそうです。



その後明治37年暮れに、大阪に出ていた弟の「増永幸八 氏」が

眼鏡枠製造の情報をもたらしたそうです。

再度の失敗は許されないので、自ら大阪に出向き、

慎重に準備を進め3名の職人を福井に招いて事業を初めたようです。







    『 余談になりますが・・・ 』


その当時の大阪はメガネレンズの産地でした。

現在の大阪市生野区田島という場所が最も盛んで

明治・大正期にはメガネレンズの製造工場が200軒も集積する

日本一のレンズの町でした。



「眼鏡レンズの発祥の地」は、生野区田島です。



以下の資料・写真は「認定NPO法人 CPAO」
《つながるおおさかいま・むかし》や《いくのぐらしHP》
《田島神社ホームページ》を参考にさせていただきました。




大阪市立田島小学校の西側に「田島神社」があります。

その参道の真ん中に「眼鏡レンズ発祥の地」と

発展に寄与した「石田太次郎顕徳碑」が並んで建っています。





石田太次郎 氏とは・・・

田島で生まれで、幼い頃に足を怪我し、家業である農家を

手伝うことが出来なかったため、丹波に赴き、メガネレンズの

製造技術を習得し、安政4年に田島に帰り村の人々に

その技術を教えたとあります。



文献によると、1913年(大正2年)には、田島で電力による

眼鏡専門工場が初めて生まれて、その後住民の努力により

当時日本一の眼鏡生産地になったとあります。

さらに国内だけではなく、アジア、欧米諸外国へも輸出するようになり

田島神社の境内に田島の人々を失業から救ったと報徳碑が建てられ

毎年11月3日にはその功績を偲び、感謝祭が催されているそうです。





なぜ丹波だったかの詳細は分かりませんが、

丹波には現代でも世界に通用する最高品質の「砥石」が産出し、

昔には刀研ぎから鏡研ぎ、そしてレンズ研ぎへと技術が転用され、

その技術を習得するために丹波へ行ったものと推察されています。



因みに現在、丹波などの天然砥石(粉体)が、高精度レンズや

電子部品のシリコンウェハなどの先端材料の加工に用いられているそうで、

人工砥石よりも、より高精度が期待されているそうです。





私が弊社に入社して数年後に、大阪市東成区大今里にあった

「メガネのセンリ・本店」に勤務した時期が数年ありました。

(昭和50年過ぎの時代でした)


その頃は生野区田島の小さなメガネ工場に行く機会が多々ありました。

ご自宅やご自宅に連なる工場でガラスレンズを製造してました。

遠い昔の話なので、記憶が定かではありませんが・・・

東南アジアなどに輸出する”サングラス”をたくさん、工場の土間で

荷造りされているのをお見かけしたことがございました。

そんな時代の一部分を拝見した貴重な記憶がございます!!



現在でも生野区に本社を置かれるサングラスの偏光レンズ専門メーカー

「TALEX・タレックス」様など何軒かのレンズ製作を

なさってらっしゃる工場があると伺いますが、残念ながら田島に

行く機会もなくなり、現状がどんなご様子なのか存じ上げません。



ここまで書いてきましたが、

  《 福井県はなぜ眼鏡の世界的な産地となったのか? 》

よりも、大阪・生野区田島の話が長くなってしまいました(笑)





ここから更に「メガネの聖地・福井県鯖江市」の話は

余りにも長文になってしまうので、次回チャンスが有れば・・・

と云うことにさせて下さい!!

中途半端で誠に申し訳ありません、お許しくださいませ!!



          《タケナカ》









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