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鳥取・智頭宿

2019年08月23日

南千里店


我が家の夏の恒例行事・・「猪名川花火大会」

毎年毎年、楽しみにその日を指折り数えて(笑)待っていました。

しかし今年は台風10号の影響で中止となりました!!

楽しみにしていた分、ショックも大きいです!!



そのショックを振り払うためには、もう一つ上のイベントを

考えなければ、ショックに負けてしまいます。


考えた結果は・・・「鳥取行き」

私の頭の中では「鳥取」・・・即ち”一泊旅行”というイメージでした。

ネット検索してみた結果「Googleマップ」では、片道2時間30分位

なぁ~んだ、四国の田舎に帰るよりずっと近い。

田舎には年間何度も日帰りしているのに・・・よし、実行あるのみ・・・






なぜ、鳥取なのか??

数ヶ月前から妻が《砂の美術館》へ行きたいと言っていました。

バス・ツアーもあるので、それなら楽かなぁ~~とまでは話していましたが、

行く気になれば、今回は自力で行ってみようと云うことになる。




私自身も前々から気になる宿場町が有りましたので、

妻の希望と、私の探検心を合わせて出発しました!!!


まずは順番として、私の希望地《 智頭宿 》へ・・・




智頭宿は、鳥取(因幡地方)から、上方へと向かう主要道の宿場町で、

江戸時代には参勤交代で江戸へと向かう鳥取藩の最初の止宿であり、

藩主の宿泊や休憩の場となる御茶屋や奉行所、御札場が置かれていた要所でした。



まずは”国指定重要文化財”・・・『 石谷家住宅 』を訪れる!!





敷地面積3000坪、部屋数40余りと7棟の土蔵の大邸宅。

約400坪の池泉式庭園と枯山水の庭園も、諏訪神社と杉山を借景にある。

全ての部屋を見て廻った訳では有りませんが、その数の多い事・多い事

我が家と比べると、そのあまりにもの小ささと狭さに・・・ト・ホ・ホ





本家石谷家は屋号・塩屋と名乗る”大庄屋”で、分家を作り繁盛したようです。

地主経営や宿場問屋を営み、明治期には商業資本家として躍進、

地場産業の振興を図りながら地域経済を支えたようです。

明治期には山林経営と農民金融を発展させ、

衆議院議員や後に貴族院議員にも選出されたそうです。


大正期には「因美線」の開通に私財を投じて完成にも導いた凄い人。


石谷家は近世・近代を通じて地域社会の躍進に大きな役割を担った家柄。



家の中は見て廻れるようになっており、主だった部屋はご覧のとおりです!!



参勤交代で上級武士が宿泊利用した、格式を表すための式台(本玄関)





土間の上の天井の梁の凄いこと!!




昔の黒電話・・・大切だから、家の中でも電話室になってる。




「畳廊下」って映画で見たり、大寺院で歩いたことが有るぐらい。





来客を通した「書院座敷」、屋久杉の床柱、江戸期に作られた「江戸座敷」



全ての作りが、その時代・時代に贅を尽くして作られた部屋ばかり・・・




見て廻る全ての部屋で圧倒されます!!!




私は地方の豪商の家を見て廻るのって結構好きなのでよく伺いますが、

こちらの「石谷家」は、群を抜いて豪壮な造りでした。







日頃の生活と比べて、余にもの違いに疲れ果てました (笑)

”ため息”の連続です・・・・



次回ブログは、この小旅行の続きを書かせていただきます。

宜しければ、また読んでくださいね!!!



          《タケナカ》          




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