宇治を訪ねてvol.2〜萬福寺。
2026年02月07日
こんにちは。
先週土曜日の続きです。
どうぞよろしくお願いします。
『平等院』を後にして、次に向かったのは宇治川を挟んで少しのところにある『宇治上神社』です。

本殿が平安時代のもので現存最古の神社建築であることから国宝に指定されているとのこと。
…にしても寒い!お腹も空いてきたので、暖を取るのとお腹を満たすためお昼とします。
『平等院』に向かう途中で気になっていたお店『宇治洋食屋カレー』さんです。

チキンカツカレー大盛りを注文。カレーのスパイシーな香りと室内の暖かさで鼻水が止まりません(笑)。そうこうしてると運ばれてきました。ジャン!メッチャ美味そう!

このルウの感じが物凄く好み、近くやったらリピート確定の美味しさです。ごちそうさまでした!
さあ!ここからまた元気に行きましょうか!
宇治橋を渡り歩くこと約20分。

辿り着いたのが、『三室戸寺(みむろとじ)』です。



ここは西国三十三ヶ所巡礼の十番札所で、あじさい寺として有名です。4月から7月にはアジサイやツツジ、ハスなど様々な花が咲き誇り多くの観光客で賑わう場所なんですが、この日は完全なシーズンオフ。拝観料を支払い、庭や境内を散策する間誰とも出会いませんでした…完全な貸切状態です(笑)。

宇賀神 耳をさわれば福がくる、髭を撫でると健康長寿、しっぽをさすれば金運がつく

勝運の牛 牛の口の中にある玉をさわると勝運がつくと伝えられています

福徳兎 球中の玉子が立てば運気があがり、足腰健全になると伝えられています
ここの境内にはいろんなものがあって楽しめました。欲張りなのでやれることは全部やりました…その煩悩っ(笑)。
JR宇治駅に戻る途中お茶屋さん『伊藤久右衛門』さんに立ち寄り、お土産にお茶と抹茶入り最中を購入。

そして宇治駅から各駅停車で京都方面に一駅。JR黄檗(おうばく)駅に到着。地図アプリを見ながら『萬福寺』を目指します。
『萬福寺』は江戸時代に宇治に開かれた禅寺です。

日本の宗派は奈良、平安、鎌倉時代にできたものが多いのですが、『萬福寺』を総本山とする黄檗宗ができたのが江戸時代。ここで簡単にその経緯をご紹介したいと思います。
『萬福寺』の開祖・隠元(いんげん)禅師は、もとは中国・福建省にある禅寺『黄檗山萬福寺』の住職でした。中国全土でもよく知られた高僧でしたが、当時の日本の禅宗が勢いをなくす中、再び盛り上げるために度重なる招請を受けて日本にやってきます。後水尾法皇や徳川幕府四代将軍・徳川家綱公からの崇敬を一身に集め、江戸時代初期の1661年、京都府宇治市に同じ名前の寺を創建しました。

そのため『萬福寺』は、伽藍配置や建物の建築様式が、日本では珍しい中国の明朝様式になっています。総門を入り、西から東へ三門・天王殿・大雄寶殿・法堂と直線状に並び、左右対称に諸堂を配置。上空から見ると伽藍配置が龍のように見えることから「龍の伽藍」と称されています。

門をくぐって境内に入って直ぐに目に付くのが、龍の背の鱗をモチーフにした石の参道。なんだかカッコいい。
法堂・大雄寶殿・天王殿の3棟が国宝に指定され、現在、多くの主要建物をはじめ、回廊、額などが国の重要文化財に指定されています。



天王殿堂内中央に祀られているのが、「布袋(ほてい)さん」の愛称で親しまれている弥勒菩薩坐像。にこやかな笑顔で参拝者を迎えてくれます。布袋さんは中国の唐の時代に実際にいた僧侶。ふくよかな姿で大きな袋を持ち、人々からの恵みを袋に入れ、困っている人々には袋にある物を施して国中を行脚したといわれています。その徳の高さから弥勒菩薩の化身ともいわれるようになり、『萬福寺』では弥勒菩薩として信仰されています。

大雄寶殿(だいおうほうでん)は、『萬福寺』の中で最大の建物であり本堂。日本では唯一最大のチーク材を使った歴史的建造物です。チーク材は日本にほぼなく、南アジアや東南アジア原産のものを船で運んできたといわれており、当時の中国様式の伽藍造営へのこだわりが感じられます。

堂内中央に本尊の釈迦牟尼佛(しゃかむにぶつ)、脇侍に摩訶迦葉(まかかしょう)と阿難陀(あなんだ)の両尊者が安置されています。
『萬福寺』の人気者といえば、魚の形をした『開梆(かいぱん)』。

斎堂(食堂)前の回廊に吊るされており、時刻を知らせるためのものです。現在も修行僧が朝食と昼食の支度ができた合図として毎日鳴らしています。
魚の形をしている理由は、目を閉じずに泳ぐ魚を不眠不休の象徴とし、魚のように寝る間を惜しんで修行に励むようにという修行僧への戒めによるもの。口にくわえている球は煩悩で、それを吐き出させるために叩くのだそう。木魚の原型といわれています。
最後に。
『黄檗宗』を立ち上げた隠元(いんげん)は日本に様々な食物や文化をもたらしてくれました。
いんげん豆、たけのこ、すいか、木魚、原稿用紙に明朝体の文字、テーブル、イス、煎茶…etc.
いんげん豆は隠元さんが…ってのは聞いたことがありましたが、こんなに色々とあったとは。
それからお寺を散策してみての感想はというと…
仏さまの写真撮影もOKですし、なんか日本のお寺とは違って、厳かというよりなんだか少し自由で気取らない感じがしました。『萬福寺』とても居心地のいいお寺です。



一日で御朱印も3箇所でいただくことが出来て、宇治の旅、とても有意義なものとなりました。雪降ってたしホント寒かったですけど…^_^。
《ウエノ》
先週土曜日の続きです。
どうぞよろしくお願いします。
『平等院』を後にして、次に向かったのは宇治川を挟んで少しのところにある『宇治上神社』です。

本殿が平安時代のもので現存最古の神社建築であることから国宝に指定されているとのこと。
…にしても寒い!お腹も空いてきたので、暖を取るのとお腹を満たすためお昼とします。
『平等院』に向かう途中で気になっていたお店『宇治洋食屋カレー』さんです。

チキンカツカレー大盛りを注文。カレーのスパイシーな香りと室内の暖かさで鼻水が止まりません(笑)。そうこうしてると運ばれてきました。ジャン!メッチャ美味そう!

このルウの感じが物凄く好み、近くやったらリピート確定の美味しさです。ごちそうさまでした!
さあ!ここからまた元気に行きましょうか!
宇治橋を渡り歩くこと約20分。

辿り着いたのが、『三室戸寺(みむろとじ)』です。



ここは西国三十三ヶ所巡礼の十番札所で、あじさい寺として有名です。4月から7月にはアジサイやツツジ、ハスなど様々な花が咲き誇り多くの観光客で賑わう場所なんですが、この日は完全なシーズンオフ。拝観料を支払い、庭や境内を散策する間誰とも出会いませんでした…完全な貸切状態です(笑)。

宇賀神 耳をさわれば福がくる、髭を撫でると健康長寿、しっぽをさすれば金運がつく

勝運の牛 牛の口の中にある玉をさわると勝運がつくと伝えられています

福徳兎 球中の玉子が立てば運気があがり、足腰健全になると伝えられています
ここの境内にはいろんなものがあって楽しめました。欲張りなのでやれることは全部やりました…その煩悩っ(笑)。
JR宇治駅に戻る途中お茶屋さん『伊藤久右衛門』さんに立ち寄り、お土産にお茶と抹茶入り最中を購入。

そして宇治駅から各駅停車で京都方面に一駅。JR黄檗(おうばく)駅に到着。地図アプリを見ながら『萬福寺』を目指します。
『萬福寺』は江戸時代に宇治に開かれた禅寺です。

日本の宗派は奈良、平安、鎌倉時代にできたものが多いのですが、『萬福寺』を総本山とする黄檗宗ができたのが江戸時代。ここで簡単にその経緯をご紹介したいと思います。
『萬福寺』の開祖・隠元(いんげん)禅師は、もとは中国・福建省にある禅寺『黄檗山萬福寺』の住職でした。中国全土でもよく知られた高僧でしたが、当時の日本の禅宗が勢いをなくす中、再び盛り上げるために度重なる招請を受けて日本にやってきます。後水尾法皇や徳川幕府四代将軍・徳川家綱公からの崇敬を一身に集め、江戸時代初期の1661年、京都府宇治市に同じ名前の寺を創建しました。

そのため『萬福寺』は、伽藍配置や建物の建築様式が、日本では珍しい中国の明朝様式になっています。総門を入り、西から東へ三門・天王殿・大雄寶殿・法堂と直線状に並び、左右対称に諸堂を配置。上空から見ると伽藍配置が龍のように見えることから「龍の伽藍」と称されています。

門をくぐって境内に入って直ぐに目に付くのが、龍の背の鱗をモチーフにした石の参道。なんだかカッコいい。
法堂・大雄寶殿・天王殿の3棟が国宝に指定され、現在、多くの主要建物をはじめ、回廊、額などが国の重要文化財に指定されています。



天王殿堂内中央に祀られているのが、「布袋(ほてい)さん」の愛称で親しまれている弥勒菩薩坐像。にこやかな笑顔で参拝者を迎えてくれます。布袋さんは中国の唐の時代に実際にいた僧侶。ふくよかな姿で大きな袋を持ち、人々からの恵みを袋に入れ、困っている人々には袋にある物を施して国中を行脚したといわれています。その徳の高さから弥勒菩薩の化身ともいわれるようになり、『萬福寺』では弥勒菩薩として信仰されています。

大雄寶殿(だいおうほうでん)は、『萬福寺』の中で最大の建物であり本堂。日本では唯一最大のチーク材を使った歴史的建造物です。チーク材は日本にほぼなく、南アジアや東南アジア原産のものを船で運んできたといわれており、当時の中国様式の伽藍造営へのこだわりが感じられます。

堂内中央に本尊の釈迦牟尼佛(しゃかむにぶつ)、脇侍に摩訶迦葉(まかかしょう)と阿難陀(あなんだ)の両尊者が安置されています。
『萬福寺』の人気者といえば、魚の形をした『開梆(かいぱん)』。

斎堂(食堂)前の回廊に吊るされており、時刻を知らせるためのものです。現在も修行僧が朝食と昼食の支度ができた合図として毎日鳴らしています。
魚の形をしている理由は、目を閉じずに泳ぐ魚を不眠不休の象徴とし、魚のように寝る間を惜しんで修行に励むようにという修行僧への戒めによるもの。口にくわえている球は煩悩で、それを吐き出させるために叩くのだそう。木魚の原型といわれています。
最後に。
『黄檗宗』を立ち上げた隠元(いんげん)は日本に様々な食物や文化をもたらしてくれました。
いんげん豆、たけのこ、すいか、木魚、原稿用紙に明朝体の文字、テーブル、イス、煎茶…etc.
いんげん豆は隠元さんが…ってのは聞いたことがありましたが、こんなに色々とあったとは。
それからお寺を散策してみての感想はというと…
仏さまの写真撮影もOKですし、なんか日本のお寺とは違って、厳かというよりなんだか少し自由で気取らない感じがしました。『萬福寺』とても居心地のいいお寺です。



一日で御朱印も3箇所でいただくことが出来て、宇治の旅、とても有意義なものとなりました。雪降ってたしホント寒かったですけど…^_^。
《ウエノ》

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