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大阪・・・珍・地名

2017年05月05日

南千里店




大阪にお住いの皆様なら、下記の土地名、もちろん読めますよね。

私は40数年前に大阪に出てきた時は、読めなかったなぁ〜〜〜


参考までに色々と ” 珍 名 ” を羅列してみますね!!


 立売堀(いたちぼり)・放出(はなてん)・天下茶屋(てんがちゃや)

 水走(みずはい)・交野市・私市(かたのし・きさいち)・

 杭全(くまた)・ 枚方(ひらかた)・吹田(すいた)・

 十三(じゅうそう)・柴島(くにじま)・靭(うつぼ)・

 河堀口(こぼれぐち)・喜連瓜破(きれうりわり)・住道(すみのどう)・

 布忍(ぬのせ)・正雀(しょうじゃく)・土師ノ里(はじのさと)



・・・・・などなど、数え上げたら切りがありませんねぇ〜〜



この内から、なぜこんな名前が ????? 有名所を書き出してみます。

まあ、関西人なら当たり前で、よぉ〜くご存知だとは思いますが・・・








《放出・はなてん》
 
  関西人には、「 ハナテン中古車センタ〜 」の、CMで有名です。
  
  大昔、大阪東部の湖から水を当時の淀川に放出されていた。

  水が放ち出ていた所で「はなちで」・・そして訛って「はなてん」。







《天下茶屋・てんがちゃや》

  豊臣秀吉が住吉大社へ参拝した帰り道に、偶然立ち寄ったお茶屋。
 
  関白殿下の茶屋だから、殿下茶屋(でんかちゃや)と呼び、
  
  ある人は、天下人・秀吉の茶屋だから(てんかちゃや)と呼ぶ。
  
  そして、いつしか「てんがちゃや」に・・・








《十三・じゅうそう》

  淀川の上流から数えて13番目の「船着き場」という説と、
  
  古代大阪の町を南から区切っていき、一条から始まって十三条目
  
  だったという説があり、どちらにしても ”13” という数字が
  
  起源みたいです。

   




  

《杭全・くまた》

  平安時代以前、付近を流れる川の氾濫に人々は悩まされていた。
 
  その川の流れを治めるために「杭」を打って、それが「全て」
 
  打ち終わった所のため杭全と名付けられる。
  
  
  他説には、現在の朝鮮半島の百済(くだら)の国から来た人々が
  
  移り住み、「くだら」が訛って「くまた」になったという説もある。







《私市・きさいち》

  「日本書紀」によると、天皇の后(キサキ)の用事をする役所を
  
  私府(キサフ)と言い、また后のための農耕をした人などを
  
  私部(キサベ)と称していた。
  
  推古天皇時代から皇室領であった交野の村々は皇后の部民(ベノタミ)
 
  であり、私市(キサイチ)という変わった地名の由来は、
 
  その中心となった村であることからも「私部内」(キサベノウチ)  
 
  から  訛って私市となったそうです。・・・
  
 
  難しい言葉を並べまして済みませんが、私市の資料にそうありました。
  








《吹田・すいた》

  わが町「吹田」は・・・
  
  久安6年(1150年)に「吹田庄」と書かれた文献があり、

  地名の由来には「水田庄」とも書かれたことから、

  川水の集まる湿地の意味とする説や、
 

  元々は「深田・ふけた」であったが「吹田・ふけた」となり、

  「すいた」と読むようになった説や、
  

  「次田・すぎた」と書かれていたものが「吹田」と書かれるようになり、 
  
   音変化したとする説もあり・・・諸説いろいろあるようです。






こうやって、ひとつひとつの地名の由来を検索していくと納得ができます。

全ての地名に、それぞれの面白い発見があり、堪りません。

大阪だけでなく、日本全土にこう言う由来があるんですよねぇ~~~





みなさまも、調べてみて下さい。

楽しいし、博学になり、ちょっとした「知ったかぶり」出来ますよぉ~~~


       《タケナカ》


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