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天橋立〜〜舞鶴へ

2017年03月10日

南千里店



年に一度の ”贅沢” を味わいに行って来ました。


毎年2月は妻の誕生月で、妻の大好物の ”カニ” を

食べに連れて行くのが、いつの間にか恒例になってしまいました。

その代わりにプレゼントの洋服やバックや貴金属類は一切無しです。










我家から2時間ほど・・中国自動車道(池田)より吉川JCで舞鶴若狭自動車道へ、

途中、西紀SAで休憩して綾部JCで京都縦貫自動車道で宮津・天橋立へ・・・・







今まで越前や久美浜・間人・城崎・・いろいろ訪ねて行っては食べたのですが

予算に限りもあることだし、不味かったり、雰囲気が悪かったりして・・・

ここ何年かは、「天橋立」にある料理旅館に決めて予約を入れています。




泊まることも出来るのですが、残念ながら予算の関係上食事のみの日帰りです。

朝捕れの松葉カニを食べる宿泊プランだと

お一人様45000〜50000円だって・・・とんでもない〜〜〜〜〜


希望すれば無料で温泉入浴も可能なんですが今回は食事のみ・・・

掘りごたつのある小座敷でゆっくりいただくことが出来ます。







まずは「付き出し」に始まり、「カニ味噌」・「カニ造り」・「茹でカニ」

「焼きカニ」・「カニすき」・「カニ雑炊」・「水物」の8品が

食べ終わった頃合いを見て、次々と運ばれてきます。

こちらの店は何時来ても美味しく、ハズレた事がありません・・・


 

 

 

 


『もう、お腹いっぱいや』と言いながら最後の雑炊を別腹でいただきまして、

さらにゼリーまでぺろりと食べきってしまいます。

満足満足の・・・満腹状態です。  お腹パンパンです。



食後の腹ごなしに、お城フェチの私がネット検索しておいた「宮津城跡」へ・・

別名「鶴賀城」、平城です。

天正8年(1580年)細川藤孝・忠興父子によって築かれ、築城に際しては

明智光秀の支援を受けたそうですが、正確な位置や規模の詳細は不明だそうです。







宮津城に関する遺構は宮津小学校に移築現存している『太鼓門』や

外堀であった大井川の河川改修に伴い城壁が復元され、

新大手橋の近くには黒鉄門の袖石垣が残っています。


また、キリスト教信徒として有名な『細川ガラシャ』(明智 珠)は

明智光秀の三女で、城主・細川忠興の正室。明治期にキリスト教徒らが

彼女を讃えて「細川ガラシャ」と呼ぶようになったそうですが、






太鼓門の対岸、大井川の市役所横にこのような銅像が建っており、

その奥に見える教会とよくマッチして、素敵なロケーションですが、


ガラシャの生涯は、父の明智光秀の「本能寺の変」により

謀反者の娘と言われ、波乱万丈の悲しい人生だったようですね。





この教会は明治29年に建築されたもので、日本に現存する”2番目”に古い

カトリック天主堂と言われており、ステンドグラスを配した洋風の外観に、

会堂内は畳敷きとなっているなど、明治期のキリスト教会堂の様子を

今に伝える貴重な建物であり、教会内に入った私は、ステンドグラスの

鮮やかな色合に圧倒されると同時に、厳かな気持ちにさせられしばし黙祷・・





帰り道はすぐに高速道路にはのらないで、国道178号線を舞鶴へ・・・


 

途中で「舞鶴とれとれ市場」で干物やお土産を買い求めながら


目的地は「五老ヶ岳公園」、ここは「近畿百景」第一位に選ばれた

舞鶴湾が一望できる、五老ヶ岳山頂に整備された公園です。




海抜325bの「五老スカイタワー」からの展望を楽しみます。

リアス式海岸の舞鶴湾と舞鶴市街を360度パノラマビュー・・・




しかし、舞鶴には同時に「舞鶴引揚記念館」もあるように

戦後の引揚者の悲しい歴史のある町でもあるんですよねぇ〜〜〜

複雑な気持ちにさせられ、 「岸壁の母」を思い起こさせます!!!





梅だよりが聞かれるようになった 早・早春の楽しい1日が過ごせました!!



帰り道、「後、何回来れるんやろ?」と、いつもの妻との高齢者の会話ですが、

まだまだ負けへんでぇ〜〜〜何回でも来ような〜〜〜




人生 ”生きてるだけで丸儲け”・・・ もっともっと楽しむデェ〜〜



       《タケナカ》

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