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八幡掘

2016年10月21日

南千里店



先週の近江八幡のコスモス探訪の続編です。


コスモスを堪能し、地場の惣菜のお昼ご飯を頂いた後は

私の希望で何度目かの 『八幡堀』(はちまんぼり) へ出発進行!!!





ご存じの方も多いと思いますが、この場所は

時代劇のロケ地で超有名です。

もちろん時代劇ファンの私としては見逃せない場所です。





何はともあれ、まずは私の撮った写真を見て下さい!!!


いいでしょう!!! まさに『江戸時代』でしょう〜〜〜


こんな町並みが今でも現実に残されているんですよ〜〜〜







テレビの時代劇の撮影で数々の名場面がここで撮影されています。

「鬼平犯科帳」・「剣客商売」・「暴れん坊将軍」・「水戸黄門」

「銭形平次」・「八丁堀の七人」・「名奉行・大岡越前」などなど

数え上げたらきりがありません。

時代劇なんて興味ない・・って方には、何のことやら??・・ですか??

しかし、江戸情緒を満喫することが出来るでしょ!!!







現在はこんなに整備された町並みですが、そこには苦労の歴史が・・・



安土桃山時代(西暦1586年)に、豊臣秀次が近江国八幡山に城を築き

市街地と琵琶湖を連結するために築かれた人口の水路です。

城を防御する軍事目的と、琵琶湖の水運を利用する商業的目的を兼ねた。

八幡掘と琵琶湖をつなぎ、湖上を往来する船を城下内に寄稿させることで

人・物・情報を集め、さらに楽市楽座制を実施することで

城下を大いに活気づけたそうです。



また、近江商人の発祥の土地でもあり

近江商人の商売哲学「三方良し(買い手よし、売り手よし、世間よし)」の

私たち販売の仕事に携わる者にとっての基本理念発祥の土地でもあります。





しかし、八幡掘(全長4,750メートル)は生活様式が変わりだした

昭和30年代ともなると市民に忘れ去られた存在となり

「川ざらえ」も廃れ、40年代には生活下水が流入し、川底にはヘドロが

堆積し悪臭を放つようになり、埋め立てて公園と駐車場にとの話が・・・

そこで最初に「近江八幡青年会議所」が危機感を持って立ち上がり

悪戦苦闘の末、現在の『重要文化的景観』に選定されたようです。




言葉にすると簡単ですが、その間、何年もの戦いがあり

並々ならぬ努力があっただろうと、頭が下がる思いで一杯です。

しかし、苦労が実って現在では大勢の観光客が毎日毎日訪れ、

町の活性化に大きな役割を占めている!!






すぐ隣にある『日牟禮八幡宮』

こちらも1590年(天正18年)に豊臣秀次が建立した社です。

由緒正しい、趣きのある雰囲気を醸し出す神社です。



『八幡堀』を見て、やっぱり、自分の信じた事・正しいと考えたことを

コツコツと努力せなあかん!!

それはどんな世界も同じで、一番大切なことだと今更ながらに感じました。




文化遺産を残す難しさを考えさせられた1日でしたが・・・

「江戸文化」大好きな私には、楽しいちっちゃな日帰り旅でした!!!


     《タケナカ》



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