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子供の頃のケガのお話し

2016年07月31日

南千里店

今回も昭和30年代のお話しです。

自転車に乗る練習をしてるとき、当時自転車は大人用のみで、三角乗り( ハンドルとサドルの間に三角部分があり、この間に右足を突っ込み運転します )から始め ます、ただしこの乗り方は『 女乗り』とバカにされるのでサドルに腰掛けて、足が届かないので右足を少し踏み込み次に左足を踏みペダルを戻し同じことを繰り返し前に進みます、問題は自転車から降りる時です。

足を乗せるいい場所がある時はまだいいのですが、たいがいは自転車を倒し飛び降ります。この時飛び降りた場所に土管のカケラが上を向いていて左足の裏側をザックリとやってしまいました、ゴム草履で運転してたのですが脱げて裸足状態だったので親指の根元より少ししたを横に切ったので、親指が取れそうな感じで左足はカカトで家に帰り、しっかり怒られ新聞紙の上に足をのせて車で病院へ行きました。

病院に着いた時は、新聞紙に足型の魚拓が出来てました。
簡単に消毒し、『 あっち向いて 』と言われ麻酔なしで縫われました。
当時この病院は、内科、外科、眼科、耳鼻科、全てみていただいてました。

小学一年生前後だったと思います、傷は1週間で抜糸をし治ったのですが、その後、傷口から黒い小石が出てきてその部分にタコが出来て現在にも存在。

次は、小学六年の運動会でのことです。
障害物競走で、網をくぐる時中腰で網を上に押し上げ前に進む時バランスを崩し左手を突いて 、激痛がはしり網を抜けたとき運悪く半ズボンのベルトまで切れてしまい、結果どんべいになりその後校医に手首を診てもらったところ、腫れてないから大丈夫とのこと。家に帰っても痛みが取れません、夜中ますます痛くなり
親父に湿布( 小麦粉と酢でつくる )をしてもらい、翌日病院に行きました。

手首のレントゲンを撮り見せていただいたところ、手首に2本のうち親指側の
骨が折れて間があいてました、『 あっち向いて 』と言われ看護婦さんと先生が
引っ張って、ギブスをし終了です、痛みは嘘のように取れました。

次は、野球をして遊んでる時悲劇が、ホームベースへ回り込んで左手でタッチした時、二度目なので、折れたのがすぐに分かり病院へ、同じ箇所で二度目のギブスでした。

子供の頃の痛みの体験も良かったかなと、今は思えます。

《フジイ》

土用の丑の日。

2016年07月30日

千里中央店

こんにちは。



今年は、本日7月30日土曜日が『土用の丑の日』。

…うなぎの日です(笑)。



近年はうなぎの値段も高くて、なかなか食べる機会もなく寂しい限りではございますが…T^T




そもそも『土用の丑の日』ってどういうことなん?
ひとつずつ紐解いていきましょう。


土用ってどういうこと?


それは、古代中国で生まれた「五行説」からきているそうです。

「五行説」とは万物(世の中のあらゆる物)は木、火、土、金、水の5元素からなるという考え方。

これに陰陽を組み合わせて「陰陽五行」と言ったりします。

季節もそれぞれ

春…木
夏…火
秋…金
冬…水

と振り分けられるのですが

あれ?!土がないやん。土は何処行ったん?

ご心配なく、土は全ての季節に等しく存在することから

季節の変わり目である四立(立春、立夏、立秋、立冬)の日の前の18日間を土に分類して、『土用』と呼ぶことにしたのです。

これによって1年がスッキリ五行に振り分けられます。




次に『丑の日』とはどういうこと?


十二支の「子(ね)丑(うし)寅(とら)兎(う)・・・』の丑のことで

十二支は、『今年の干支』というように年を数えるときに使われるだけでなく、方角や、月、日にちを数えるのにも使われるのです。



つまり、約18日間の『土用』の期間のうち、12日周期で割り当てられている十二支が『丑の日』の日が『土用の丑の日』なのです。






じゃあ、どうして『土用の丑の日』にうなぎを食べる習慣が出来たのかって。


江戸時代、あるうなぎ屋さんが「うなぎが売れないで困っている」その事を平賀源内さんに相談したそうです。



当時「丑の日にちなんで“う”から始まる食べ物を食べると夏負けしない」という風習があったそうです。


そこで平賀源内さんはうなぎ屋の店先に
『本日、土用の丑の日、うなぎの日』
という張り紙を貼るよう提案する。
これが功を奏し、うなぎ屋は大繁盛になったのだとか。

これを他のうなぎ屋もこぞって真似するようになり、次第に「土用の丑の日はうなぎの日」という風習が定着したとされています。




実際には土用の丑の日は、春夏秋冬4季にわたってありますが、現在うなぎを食べる習慣があるのは、どうして夏の『土用の丑の日』なの?


これは、当時の平賀源内さんの発案が起源とされる、うなぎを食べる習慣が、夏の『土用の丑の日』だったためのようです。

本来うなぎの旬は初冬のため、以前は夏にうなぎが売れなかったそうで、旬ではない夏の時期にうなぎを食べる風習を根付かせたということなんですって。





今年も食卓に「うなぎとビール」が並んでたら最高なんだけどなー。




写真は去年の「土用の丑の日」の食卓のものです。
もう1年が経つんだなー…(>_<)


今年の夏の暑さは大変厳しいと聞いております。
ひ弱な僕が夏負けしないように…(笑)
今年も何卒うなぎを宜しくお願い致します。


…ってブログで誰に何をお願いしてんねん!!



【答え】嫁さんにうなぎ



《ウエノ》

特別展「没後100年・宮川香山」

2016年07月29日

南千里店



特別展「没後100年 宮川香山」・・・へ、行ってみました!!




恥ずかしながら私は「宮川香山」という陶芸家を知りませんでした。

妻に誘われて、中之島にある ”大阪市立東洋陶磁美術館” へ・・・





行くまでは知らない陶芸家なので、気乗りがしませんでしたが〜〜〜

行ってみて感動!!!  世の中にこんな陶芸品があることを知り、

目の当たりに出来た感激で、幸せを感じました。




日本が幕末、明治維新と激動期を迎える少し前に、ヨーロッパでは

19世紀後半から万国博覧会が開催され、多くの国が威信をかけた

産業品を出品し、華やかな万博全盛期を迎えた頃、

日本も1867年のパリ万博から浮世絵などを出品し、

それらはジャポニズムとしてヨーロッパの芸術活動に

多大な影響を与えました・・・新しい時代の始まりです。



初代:宮川香山(1842〜1916)は、こうした激動期に陶磁器の作製のため

1870年(明治3年)に、生まれ故郷の京都から横浜に移り

「真葛(まくず)焼」として京焼の伝統を踏まえた作品や、

緻密に装飾された「高浮彫(たかうきぼり)」などを、

1876年(明治9年)のフィラデルフィア万博から次々に発表しました。

数多くの受賞を果たし、”マクズ・ウエア”として絶賛され

その後、釉薬や中国古陶磁の研究に邁進し、成功を収めました。

日本には彼の、数々の重要文化財に指定された作品があリます。




高浮彫とは・・・当初、薩摩焼を研究して作品を製作、しかし薩摩焼は

金を大量に使い制作費に多額の資金が必要なため高浮彫と云う

新しい技法を生み出した。

金の代わりに精密な彫刻を彫り込むことで新しく表現方法を確立。

宮川香山とは、そんな経歴を持たれる人物だそうです。
    



さて、その作品の数々ですが、

重要文化財に指定された代表作が『高取釉高浮彫蟹花瓶』



写真では解りませんが、蟹のお腹の下にもう一匹の蟹がいます!!

他にも花瓶のくぼみに ”鬼” や ”蛙” を作ってみたり・・・

遊び心満載の作品ばかりです。






自宅には「鷲」「鷹」「鶉」などの猛禽類や、「熊」まで飼っていたそうです。

それらの動物たちや鳥たちの作品は、こんなに細かく作っているのに

焼く時になぜ割れないんだろうかと??? 凄い技法です。

一つの作品を作るのに6年かかったのもあるようです!!





漏れ聞いた話では、現代の陶芸家が再現しようとしたんですが、

謎が多くて、なかなか上手くいかなくて諦めた技法もあるとか・・・

凄い話ですよね。明治時代の名工の方が現代の職人より優れているなんて・・・

宮大工さんや、築城の技術なんかもそんな世界ですよね!!!



私のつたない文章では芸術品を表現することは出来ませんので

写真をいっぱいアップして、お終いとします。











まぁ、偶には分からないまでも ”芸術品” を観賞し

自分自身のスキルを上げたいと思います・・・・・

     《タケナカ》

小さいサムライ達

2016年07月28日

千里中央店

雑誌に、吉岡たすく先生の“ 小さいサムライたち ”

から、連載の文章が載っていました。


 



     【 運が悪かった 】


フミゾウくんも、何でもよく話してくれる愉快な子供のひとりです。

特に、家庭であったことをつつみかくさずにくれるのです。

それがまた楽しい話なのです。

私が教室に入って行きますと、フミゾウくんが私の机の前に立って、

私の来るのを待っていました。

「先生、来るのんおそいなあ。ぼく、ずっと待ってたんやで

 はよ聞いて、聞いて」 と

忙しそうに声をかけます。よほど話したいことがあるようです。

私がカバンを置いて、座るのを待ち構えて

「先生、ぼく、運が悪かったわ」 と言うのです

「運がわるかったて?」 とたずねかえしますと

「うん、昨日な、ものすごう運がわるかったんや」

「何があったの?」

「昨日、お母さんに、ものすごうおこられてん」

「きみが、悪いことしたんだろう。それでおこられたんなら、

 運が悪いって、おかしいぞ」

「あのな、おとといいは弟のユウちゃんが同じことしたんやで」

「弟さんが?じゃ、弟さんもおこられたんだろう」

と、私が言うと、フミゾウ君は大きく、首を横にふりました。

「ユウちゃん、はなにもおこられへんかったんや。それやのに

 同じことを、ぼくがしたら、ものすごくおこられてん。
 
 な、ぼくは運がわるかったんや。… 同じことをしたのに…」

その時、いつの間にか横に来て、聞いていたヒデキ君が、澄ました顔で

「それは、要領がわるいんや」 と言いました

私は、思わずふきだしてしまいました。



 


久しぶりに、先生の文章を読み、ユーモアのある話し方、子どもの観察力

長い間、小学校の教員や、校長を務め、執筆活動、テレビ寺子屋など

活躍し、生涯子供教育を貫かれた方です。

随分、子育ての時は助けられたことを思い出しました。

すっかり忘れていて、なつかしさと、やさしさが、戻ってきたようで…





今は夏休み。どうか子供たちが。イキイキと元気に暮らせますように

子どもたちが、笑顔でいられますように〜

そして「あんな…こんなことがあってん」 と話せますように

そして「あんな…こんなことがあってん」 と聞いてあげられる

大人でいられますように〜





    《ハヤミ》







 

「に、ふれる」

2016年07月27日

千里中央店

皆様こんにちは。


先日の休みに“涼”をもとめて、エキスポシティの“Nifrel ニフレル”に子ども達と行って来ました!!


さすがにこの時期、昼間の公園では暑くてずっと遊べませんので、屋内で楽しめる場所ということで初ニフレルです。





この日はニフレルにたどり着くまでが相当暑かったです(+o+)










魚たちを色々と見て回り、









光の空間アートで遊び、







ホワイトタイガーを見たり、









動き回る動物たちにビビりながらふれあい(苦笑)




“感性にふれる” = “ニフレル”

なんやかんやで子ども達はニフレルのコンセプト通り楽しんでおりました(*^^*)







※観覧車はまた次の機会にチャレンジです。






《マスヤマ》

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