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古代ロマン 飛鳥

2015年01月16日

南千里店

久々にワクワクするニュースが発表されましたよ。
古代の中央集権律令国家の生誕の地である奈良県明日香村で、国内最大級とされる山田高塚古墳や石舞台古墳に匹敵する巨大方墳の一部が発見されました!



一辺50m超と推定されるこの方墳は、同明日香村の有名な石舞台古墳と近い大きさで、埋葬者は天皇及び大豪族と目されており、第34代の舒明天皇か豪族である蘇我蝦夷の墓ではないかとされております。

舒明天皇は629年の34代天皇で、蘇我蝦夷は舒明天皇を立てて天皇にした時の大臣であります。
時代背景としては、学校の歴史の授業では必ず習う大化の改新前後の七世紀前後。日本書紀では飛鳥時代の聖徳太子や推古天皇の没後、蘇我氏の専横が際立った時代で、天皇擁立も豪族の意とするところが大きかったようで当時の重要な政治権力者だったことが伺われます。

今回の発見は日本書紀でも重要な登場人物の埋葬墓ということで、第一級の発見でしょう。
今回の発掘では墳丘の一部と濠跡が見つかっているので続報が待たれます。


で、古墳繋がりで大阪では馴染みの深い巨大古墳があります。
そう鍵穴の形で有名な、第16代の仁徳天皇陵ですね。
今回発見された方墳より更に遡る5世紀の時代のものですが、当時は前方後円型が主流でした。
この『前方後円型』なのですが、昔から疑問だったのですが見た目、前円後方墳とちゃうんかい、と。
だって、学校の教科書や空撮等ではほぼ円が上に写ってますよ?


※google調べ。

更に、バカな自分は前方後円なる言葉を前方にあるのに何で後円やねん!とも思っておりました・・・。
いやあ、おバカさんですね^^;

方とは方向と四角も意味します。
なので、前方後円墳なら、前方の方墳と後方の円墳なんですよね。
方墳が連なっているなら前方後方墳。円墳が連なっているなら、前円後円墳・・・とはならずに双円墳と呼ばれます。

古代の人々は方か円のどちらを上にしていたのか知りませんが、実際に現地へ赴くと方から円の流れが自然になっているのかもしれません。全体像を眺めるから現代人は鍵穴を連想して勝手に円を上部にと考えてしまうのかも。

うーん、色々考えているとなんかまた奈良に古墳群巡りしたくなってきたー^^

《タカダ》

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